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氷雪の門 [電影]

 氷雪の門、私は行った事はないが、北海道の北の果て宗谷岬に立つ女人の像のことである。樺太を失っても尚樺太を思うように立つ像の名称である。この映画は第二次世界大戦で住む地を追われ、或いは命を失った樺太の人々の物語である。製作は1974年、制作費は5億数千万円をかけて作られた。36年前の作品である。制作費に関しては多いのか少ないのかあまりに昔過ぎてなんと評価していいのかわからないが、チラシによると「超大作」と評価されている。しかし悲しいことに当時のソ連の政治介入により封切りされることなく人々の記憶から消え去っていた作品だ。そして奇跡的?に残っていた一本のフィルムを2010年デジタル処理して劇場公開となったもの。キャストは二木てるみ、鳥居恵子、岡田可愛、藤田弓子、南田洋子、黒澤年男、若林豪、赤木春恵、浜田光夫、丹波哲郎、田村高弘などの名前が並ぶ。
 36年間眠っていたという、歴史の重みに惹かれ観ることにした。劇場は以前にも紹介したことのある十三の第七藝術劇場という小さな映画館である。いつもは客は20-30人くらいが多いのだが、上演の15分前に6階の入り口エレベーターを降りてびっくりした。フロアに人があふれている。急いでチケットを求めた。整理券番号は92であった。前の映画が終わると客の入れ替えが行なわれる。整理券番号の若い順に入場する。見ると、「立ち見です」の表示がある。果たして座れるか?思いつつ入場する。幸い前二列くらいに空席が見えた。ラッキーである、もし整理券番号が1番であってもそのあたりに座ることが多いからであった。どうもこの映画館の座席数は96(12*8列)のようであった。私にとってはこの映画館がこんなに人であふれたのは初めての経験だが、皆36年の歴史の重みに惹かれてきたのだろうと思った。
 戦争映画であるから飛行機、戦車がでて、爆発シーンなども描かれる。セットで当時人口2万4千だったという真岡の町のセットも作られる。そういったところに資金が使われたのだろうか。ただ、現在のレベルで言うと「スペクタクル」といったものでもない。戦争の悲劇の常として、多くの市民が「何で戦争なんかするんだ」というどこにもぶつけようもない怒りを感じつつ死んでゆく。そして戦争映画の場合、余りにも多くの人が亡くなる前に観客がその人物に感情移入する前に死んでしまうので感じる悲しみは必ずしも大きくない。この映画の価値は、政治圧力でお蔵入りになったところにある。その原因はストーリーにある。昭和20年8月15日、所謂玉音放送で日本人が終戦(敗戦)をしり、軍も戦闘行為を終結したにもかかわらず、どんどんと樺太を南下するソ連軍の行為を描く。日本軍は交渉でポツダム宣言に基づく国際的正義を守るようソ連軍将軍に交渉するが、「我々は樺太占領を命令されている」との理由で聞く耳を持つことなくNO!の意思表示、そして敗戦国に「国際条約もくそもない」とはねつける。再度白旗を揚げ交渉に望むシーンもあるが、停戦を求める日本の将兵の話を聞くだけ聞いた後、再びNo!と答えると丸腰の兵隊を一斉射殺する。最終的には、次々と残虐行為が行なわれる様子を窓から見つつも、樺太の通信情報網を守るのは天職だとの誇りを持って働く電話交換士の女性職員が電話線が破綻し、もう仕事がなくなったとき集団自決する。いわば北のひめゆり部隊物語のようなものである。
 史実は若干異なるようであるが、戦争の悲しい物語として記録されている。先の氷雪の門にこの電話交換士の女性たちを称える碑がたっているという。戦争殉職者として1973年3月31日付で勲八等宝冠章という勲章を与えられているとのことである。
 ペンは剣より強し、ジャーナリストが好む言葉だが、「敗戦国に国際条約もくそもない」という言葉で侵攻が半ば正当化され、現在に至っている北方領土問題である。(なお樺太はサンフランシスコ条約で領有放棄を行なっている)。現在も尖閣諸島問題で周辺国と争いがある。日本は日本固有の領土と主張しているが、どの国にとっても人の住んでない島のこと「固有の領土」と夫々が主張する根拠はどうなのかよくわからない。しかし現実はペンで動かないこともあるというのが史実でもある。資源のない日本が繰り出せる「カード」は限られている。この映画を見つつ、この国の将来に憂いを感じる今日この頃・・・・・
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